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【小説】竜帝の野望・第3話

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――イサは酒場に来ていた。

夕飯時ということもあり、人でごった返している。

(えーっと、依頼はどこかな)

イサがキョロキョロしてると3人の男たちがにやにや笑いながら寄って来た。

「ねえちゃん、俺たちといいことして遊ぼうぜ」

(なんで私ってこんなのばっかり寄ってくるんだろう)

イサが頭を抱えてると男の一人がイサの右手を掴んだ。その瞬間、イサは男の腕をひねり、テーブルの上に置いてあった短刀を左手で取り、男の肩に突き刺した。男は悲鳴を上げ、悶絶しながら酒場を出て行った。

「あんたらは? 何して遊ぶの?」

イサが凄んでそう言うと、残りの2人は恐れをなして酒場から逃げ出してしまった。

(剣を抜く価値もない。あんな奴ら)

そう思いながらイサが酒場の中をうろうろしていると、隅のほうに小さな掲示板を見つけた。

(あった! あれだ!)

喜び勇んで掲示板を見るイサ。しかし、犬の散歩とか地下室の掃除とか植木の手入れとかおよそ剣術とは程遠い依頼しかない。

(剣が使える依頼ないのかな……)

隅々まで掲示板に目を通すと隅の方に小さい紙で「野盗退治」と貼られていた。

(依頼を受けてみたら50人の大野党団だったなんてこともあり得るだろが)

イサは師範の言葉を思い出した。

(50人……10人ぐらい斬ればびっくりして逃げ出すだろうから、実質10人か……)

イサはその紙を剥ぎ取ると酒場のマスターのところに持っていった。

「あのう、この依頼を受けたいんですけど」

マスターはその紙を受け取ると眉間にしわを寄せながら読んだ。

「いいのかい? こんな危険な依頼……」

「あの、私、剣術道場の門下生で」

「ほー、女の子なのに大したもんだ。……この依頼の報酬は銀貨5枚だ。もし契約を違えたら銀貨10枚払ってもらうが、いいかね?」

「はい」

「よし、では契約成立だ。依頼者は町長だ。町長の家に向かってくれ」

イサは酒場を出て町長の家に向かった。

(いつ見てもでっかい家……)

町長の家の門を開け、庭に入り、玄関まで行くとイサは3回ノックした。両開きの大きな扉が少しだけ開き、メイドが顔を出す。

「どちら様でしょうか?」

「あの、酒場の依頼を受けて来たんですけど」

「……少々お待ちください」

メイドは音がしないようにそっとドアを閉めた。2,3分待つと今度は扉が大きく開き、立っていたメイドが丁寧にお辞儀をした。

「どうぞ、お入り下さい」

大きなホールには高価そうなツボや鹿のハンティング・トロフィー、イサには一生買えそうにない豪華な装飾がなされた剣などが飾られている。

(あの剣、よく切れるのかな……)

そんなことを考えながらメイドに付いて行くと暖炉のある小さな部屋に通された。椅子には初老の男が腰掛けている。町長であった。

「君かね。依頼を受けてくれたというのは。……失礼ながらあまり強そうには見えないが」

「あの、私、剣術道場の門下生で、依頼を3つ受けてこいと言われたんです」

町長はそれを聞いて驚いた様子で椅子から立ち上がった

「あの道場の基礎鍛錬を突破したのか! これは失礼した。私の息子もあの道場に居るんだよ。師範代なんだ」

それを聞いた瞬間イサは腰を抜かしそうになった。

「ええっ! ボ、ボロトさんって町長さんの息子さんだったんですか!?」

「そうだよ。私の三男なんだ。子供のころから剣が好きなやつでね。私は反対したんだが剣術道場に入門するなどと言って。正直、あの時は私の息子は死んだと思ったよ。あの道場に入門した者は大半が死ぬからね。まさか師範代まで上り詰めるとは思わなかった。確かにあの子は昔から努力家で……」

イサは町長がボロトのことをべらべら喋りはじめたのであっけに取られた。

「あ、あの……すみません町長さん、ご依頼のほうは……?」

イサのその言葉で町長は我に返ったようで、軽く咳払いをすると再び椅子に腰掛けた。

「依頼は野盗退治だ。町のはずれに廃墟があるんだが、そこに野盗どもが住み着いてね。斥候の報告では10人規模だと」

「10人……」

(よかった。簡単だ)

「そうだ10人だ」

「……わかりました。すぐ行きます」

「待て。条件がある」

「条件?」

「10人全員を殺してもらいたい。下手に逃して町を襲われたらやっかいだ」

それを聞いてイサはちょっと面食らった。

(2,3人斬って脅かせば逃げるだろうと思ってたけど、10人全員殺すとなると……)

「……わかりました。大丈夫です。早く鍛錬を終わらせたいので今日中に済ませたいんですが」

「よし、では早速向かってくれ。場所はここだ」

イサは町の周辺が描かれた地図を受け取った。

――それから30分後。

イサは廃墟の近くの森に隠れていた。木の影から廃墟を伺うと外で火が焚かれており5人ぐらいの野盗が食事をしたり寝たりしている。

(家の中に何人いるか……あの大きさの家だと2~3人しか入れないだろうから思ったより少ない)

イサは剣を抜かず真正面から突撃した。走ったそのままの勢いで火の前で食事をしている野盗の後頭部に前蹴りを入れる。

「な、なんだてめえ!」

野盗たちはいっせいに剣を抜き、斬りかかってきた。イサはそれを全て紙一重でかわす。家の中から2人の野盗が加勢に出てきた。

(7人か……)

7人全員がイサに斬りかかるが全く当たらない。イサには野盗の動きが止まって見えた。

(野盗ってこんなに弱かったんだ)

そんなことを思いながら、斬りかかってきた1人の野盗の剣をかわす。そして懐に潜り込んで顎に下から掌底を食らわし、その勢いで後頭部から地面に叩きつける。

(そういえば野盗3人に犯されそうになって大泣きしたのが入門のきっかけだったっけ……)

イサはクスっと笑いながら野盗の斬撃をかわし続けている。

(いけない、いけない。こいつらを殺す方法を考えないと。……下手に数人殺すと逃げちゃうから、同時に殺すにはどうしたらいいかな)

イサは考えながら、斬りかかろうと上段に振りかぶった野盗のみぞおちに前蹴りを食らわす。

(あの技が出来れば7人同時に殺せるんだけど……できるかな)

イサは周りを囲んでいる野盗の1人に飛び蹴りを食らわすと囲みの中から出てひたすら走った。

「逃げたぞ! 追え!」

野盗たちは当然のように追ってくる。イサは大きく息を吸い込むと振り向きざまに剣を抜き、その勢いで大きく薙ぎ払った。するとかまいたちのような真空の刃が発生し、7人全員の体を上下2つに斬り裂いた。

――7人の死体を前にして息一つ切らしてないイサ。

(父さんの技……)

「調子良い時しか出ないんだよねこれ。出て良かった」

イサは嬉しそうにつぶやくと、剣を納め帰路についた。

酒場に戻ったイサはマスターのところへ赴く。

「あの、すみません。さっきの依頼終わったんですけど」

マスターはちょっと顔を強ばらせて言う。

「君、嘘はいけないよ」

イサは町長からの証明書を見せた。マスターは腰を抜かす勢いで驚き、

「こ、こんな短時間で野盗7人を倒したのか!」

と大声で叫んだ。イサも町長が信じてくれるかどうか不安だったが、斥候に見張らせて全員殺したことを確認しており、すぐに証明書を書いてくれた。

「あの、証明書返してもらえますか。師範にも見せないといけないんで」

「あ、ああ……。それと、これは報酬の銀貨5枚だ」

イサは証明書と報酬を受け取ると、銀貨1枚を差し出して言う。

「部屋借りていいですか?」

「構わんよ、丸一日で銅貨10枚だ」

イサはお釣りを貰うと二階に上り言われた部屋に入った。

(今日はもう寝よう。あの技出すと疲れるんだよね)

イサはベッドに横になるとすぐに寝てしまった。

翌朝――。

「ふわぁ~あ」

大きなあくびをしながらイサは1階に降りてきた。酒場はまだ始まっておらずマスターが床の掃除をしている。

「よく眠れたかい?」

「はい。いつもベッドロールで寝てるので、こんなフカフカのベッド初めてで」

それを聞いたマスターはニコりと笑い、掃除を続けた。

(昨日の晩になにか新しい依頼とか来てないかな)

イサはそう思いながら掲示板を眺めた。――隅から隅まで見たがろくな依頼がない。

(どうしよう……。早く目録貰いたいのに)

そう考えてるイサに1つの依頼が目に留まる。

「泥棒退治……?」

「ああ、それはお得な依頼だよ」

マスターが後ろから声をかけた。

「お得?」

「泥棒捕まえるだけで銀貨50枚なんだ」

イサはそれを聞いてピンと来た。

「この依頼、受けたいんですけど」

「そうだろうな。君は運が良かったよ。昨日の閉店間際に依頼者が来たからね。……じゃあ、さっそく契約書書くから」

――イサは依頼者の家に向かっていた。商店区画にある宝石屋が依頼者らしい。

(泥棒1匹に銀貨50枚はどう考えてもおかしい。たぶん前に安い値段で頼んだけど返り討ちに合って殺されたんだ。そして少し高い値段で依頼をしたけどまた殺された。それを繰り返していくうちに高くなったんだ)

イサは歩きながら考えていた。

(あのマスター隠してたな。……まあ、話すと誰も依頼受けなくなるから隠すのは当然か)

そんなことを考えているうちに依頼者の家に着いた。ドアを開けると年の頃は50ぐらいの男がカウンターの向こうに座っている。店内を見回してみたが宝石らしきものは見当たらない。

「何だね君は。うちは君の様は者は……」

「酒場の依頼を受けてきたんです」

「君が?」

店主は落胆してため息をつき、頭を抱えた。

「私、剣術道場の門下生なんですけど、基礎鍛錬が終わったところで」

それを聞いた瞬間、店主の態度がガラッと変わる。

「いや、それは素晴らしい。よく来てくださった。さあ、こちらに。最高級の紅茶を用意しよう」

「いや、あの、お茶は結構ですので、依頼のこと聞きたいんですけど……」

店主は腕組みをし、険しい表情で話し始めた。

「1ヶ月ぐらい前から泥棒が出始めたんだ。何人もの冒険者を雇ったがみんな返り討ちにされた。仕方なく店内にある宝石を全部隠した。すると泥棒は隠し場所を探しだして盗んだんだ。このままでは商売上がったりだよ」

店主は両手で頭を抱えて目を瞑り曇った表情をしている。

「ほとほと困り果てて銀貨50枚という大金で依頼を出してみたんだ。腕の良い冒険者が食いついてくるかもしれんからな」

「依頼書には退治と書いてあったんですが、殺してもいいということですか?」

「そうだ。生死は問わない。とにかくこの状況を何とかして欲しい」

「泥棒が来る時間帯は?」

「わからん。深夜だとしか」

「わかりました。必ず捕まえてみせます。ただし1つ条件が」

店主は一瞬間を空けて言う。

「なんだね?」

「部屋を1部屋お借りしてもよろしいでしょうか。深夜の待ちぶせに備えて昼に寝ておきたいんです」

店主は豪快に笑うと、

「なんだ、そんなことか。2階の客間のベッドを貸そう。それでいいかね?」

とイサに尋ねた。

「結構です。では私は戦いに備えてもう休みますので」

イサは二階に上がろうとした。

「待ちたまえ」

店主は何やら奥でゴソゴソした後、一瓶の薬を持って来た。

「こんな朝っぱらから眠れと言われたって難しいだろう。これを飲みたまえ」

「何ですか? これ」

「眠り薬だ。よく眠れるよ」

「でも、夜中まで効果が残ってしまったら……」

「大丈夫だよ。これは12時間効くやつだから」

「そうですか。では遠慮無く」

イサは薬を受け取ると客間のドアを開け、中に入っていった。

――深夜、日付が変わるころ。

忍び足で1階から人影が上がってくる。人影は気配を消して廊下を歩き、ゆっくりと客間のドアをあけた。そして、忍び足でゆっくりとベッドに近寄る。

次の瞬間、人影は懐から短剣を抜き、イサの足のところに突き刺した。しかし、全く手応えはない。人影は布団をひっぺがしたが寝ていたのはイサではなく枕っだった。人影は驚き、辺りを見回す。その時、部屋の隅で松明の火が灯った。

「言っとくけど飲んでないよ。これ」

左手で松明を持ったイサは笑いながら右手に持った睡眠薬を弄んでいる。黒ずくめの格好で黒い覆面をかぶった男は驚いた。

「なぜだ!? 身分がはっきりした依頼者からもらった薬なら飲まない理由は……」

「バッカじゃないの。こんな怪しいもん飲んだ今までの冒険者が間抜けだったんだよ」

イサは嘲るように笑った。覆面は立ちすくんでいる。壁の突出し燭台に松明を指しながらイサは言う。

「この睡眠薬たぶん1日以上効果が持続する奴なんでしょ。これを依頼者が冒険者に飲ませ、あんたが寝ているところを襲う。ただし、殺しはない。怪我をさせて依頼を失敗させるだけ。そうして意図的に契約違反をさせ違約金をせしめる。いい商売考えたね」

男は背中に携えていた巨大な剣を両手で持ち下段に構えた。その瞬間、イサの背筋に悪寒が走り、反射的に素早く剣を抜いた。相手の剣はイサの身長と同程度はあろうかという両手剣である。

(こいつ、かなり強い……)

そう思った瞬間、男は剣を振り上げながら一瞬でイサのすぐ目の前まで間合いを詰め、思いっきり剣を振り下ろした。するとイサの後ろにあった石の壁が粉々に砕かれてしまった。イサは男の攻撃を紙一重でかわすと同時に、一瞬でベッドの脇まで下がって間合いを広げていた。

(何て怪力なの!? 剣で石壁を粉々に砕くなんて聞いたことないんだけど)

男はまた下段に構えると、再び剣を振り上げながら一瞬で間合いを詰めて思いっきり振り下ろす。するとベッドがまっぷたつに切り裂かれてしまった。また紙一重でかわしたがイサの肩には服が破れて血が滲んでいる。

(わかった……! いつも下段に構えるってことはあの剣、他の構えじゃ持てないぐらい重いんだ。持ち上げられるのは一瞬だけなんだな)

男は再び下段に構えると、また一瞬で間合いを詰め、思いっきり振り下ろした。イサはその振り下ろされる瞬間を狙って天井までジャンプし、下ろされた剣の上に乗った。男は驚いて剣を持ち上げようとするが持ち上がらない。その一瞬を狙ってイサは男の首を跳ねた。

翌朝――。

イサは証明書を持って酒場に向かっていた。男の首を宝石屋に差し出すと、腰を抜かして恐れおののき、すぐに証明書を書いてくれた。またこんなことしたら今度は貴様の首を跳ねると言うと宝石商は失禁してしまった。

(依頼を掲示板に貼ったってことは、マスターもグルだったってことか。たぶん宝石屋から金が流れてたのかも)

イサはそんなことを思いながら酒場に入った。顔を見るなりマスターの顔が引きつる。

「あ、あ、あの依頼終わったのかい?」

マスターの声は上ずっている。

「ええ、終わりましたよ。簡単にね。……証明書見せましょうか?」

イサはマスターを睨みつけて言った

「い、いや、いい、ほら銀貨50枚だ」

イサは銀貨50枚入った袋を受け取ると、さっさと掲示板の前へ赴いた。

(何か依頼来てないかな……)

そう思いながら見ていると1枚の紙が目に止まった。

(とにかく剣の強い者求む……?)

紙にはそれしか書いてない。

「マスター。これって何の依頼なの?」

「ああ、それは昨晩来た若い男が貼っていったんだが、何の依頼か教えてくれと何度言っても来てから話すの一点張りで……」

「ふぅん」

イサはそれをはがすと依頼を受ける旨を伝えた。マスターは契約書を書いている。

「そういえば報酬っていくらなの?」

「金貨50枚」

「き……金貨50枚!?」

「ああ、よほどの強敵なんだろうな」

イサは嫌な予感がした。しかし、もう受けると言った手前、後には引けなかった。イサは契約を済ませて依頼者の家に赴いた。家は町の郊外にある小さな家でとても金貨50枚持ってるようには見えなかった。家の中に入ると大柄で筋骨隆々、腕っ節の強そうな男が大きな砂袋を両手に持って腕の鍛錬をしている。

「あの……」

「なんだてめえは」

男は砂袋2つを放り投げると、イサの顔に自分の顔を近づけて真正面から睨みつけた。

「酒場の依頼を見てきたんですけど」

「はぁ? 頭いかれてんのかてめえは。俺は剣に強いやつを頼ん……」

そう言った瞬間、男は背後から剣を突きつけられていた。

「これでいいですか?」

男は平謝りすると、依頼の内容について話し始めた。

「俺が前に酒場で飲んでた時の話だ。そこにいた可愛い姉ちゃんに声掛けたんだよ。でも、全くつれないから無理やり連れて行こうとしたんだ」

イサの眉間にしわが寄る。

「いや、ごめんって! 酔ってたからついやっちまったんだ。そしたらカウンターで1人で飲んでたひょろっこいのが出てきてな。俺を止めやがったんだよ。俺は表出ろっつってその男とサシで喧嘩した」

「で、どうなったんですか?」

「コテンパンにやられた。俺は腕っ節には自身があったんだがただの一撃も与えられなくてよ」

イサはため息をついた。

「で、その男を殺してくれと」

「そうだ。俺は10年以上かけて鍛錬してきたのに、あんなひょろっこいのにやられっぱなしなんて我慢ならなくてよ。ありったけの借金をこさえて酒場で依頼したんだ」

イサは呆れ返っていた。

(しょうもな……。よくわかんないな男のプライドって)

「で、どこの誰なんですか? その男の人は」

「町の剣術道場の師範とか言ってたな」

「な……!」

イサは驚いて絶句してしまった。とんでもない契約を受けてしまったと思った。

「なんだよ。今更やめるなんて言っても無駄だぞ。やめたら金貨100枚だからな」

「わかってます。……ちゃんとやりますよ」

――依頼は依頼。師弟とは言え剣士同士が立ち会うのは別に悪いことでも何でもない。イサはそう自分に言い聞かせていた。

(父さんを探せないまま……死ぬかもしれないな)

そんなことを思いながらイサはついに道場の前に辿り着いた。

「あ、イサさん。もう鍛錬は終わったんですか?」

入り口を箒で掃いていた後輩がイサに声をかける。

「悪いけど、師範読んできてもらえる? 道場破りしに来たから」

「え!? ど、道場破り!? ……ははは、ご冗談を」

「さっさと呼びに行きな。それともあんたから死ぬ?」

イサは剣の柄に手をかけた。

「ひっ、しょ、少々お待ちを」

しばらくして後輩に呼ばれた師範と数人の門下生が出てくる。

「なんのつもりだ!」

先輩の1人が凄む。

「さっき言ったとおりですけど。もう一回言わないとわからないんですか?」

「うぬ……叩き斬ってやる!」

先輩は剣を抜いた。

「やめろ」

師範はいつものようにタバコを吸いながら制止する。しかし、先輩は止まらなかった。

先輩も相当な手練である。先輩は右手で剣を持ち、まるで閃光のような速さでイサの胸を突いた。しかし、イサはその突きをひょいとかわすと先輩の右手を掴んで投げ飛ばした。背中から地面に叩きつけられて悶絶する先輩。

「お前じゃ勝てないからやめろと言ったんだ。こいつは本来なら5年かかる基礎鍛錬を1年で修了したんだぞ。お前らみたいなボンクラが勝てるわけねえだろうが」

師範はタバコを捨てると足で揉み消した。

「俺が相手になろう。庭に来い、イサ。……入り口をお前の血で汚したくないんでな」

師範はそう言うと庭の方に歩いて行く。イサも師範の言うとおり付いて行った。――庭で2人は対峙した。

「俺に勝ったら免許皆伝をやるぞ」

そう言って師範は笑った。2人ともゆっくりと剣を抜く。イサは右手、師範も右手、お互い右手に剣を持って突っ立ってるだけで動かない。

「なんで二人とも構えすらしないんだ……?」

門下生は呟いた。すると、

「……見てろ。一瞬で決まるぞ」

と道場から出てきたボロトが門下生に言う。

(師範の重心は完全に体の中心。どっちに動くかわからない……)

イサには師範の体がまるで著しく巨大になものかのように見えた。

(私も殺気を消してるから、師範には私がどう動くかわかってないはず。あえて、殺気を出してみようかな。右寄りの突きで行くか…………)

イサはほんの少し右寄りに重心を動かす。

(……よし、これで師範は右の突きだと思い込んだはず。師範は向かって左に避けて首を跳ねようとしてくるはずだから、こっちは腰を落として左から横薙ぎ)

ところが、イサの読みは外れた。師範は左に避けはしなかった。イサが踏み込んで体勢を低くし左の横薙ぎを繰り出そうとする寸前に師範は既に踏み込んで低い突きを繰り出していた。イサが左の横薙ぎを繰り出したときにはもう師範の剣先はイサの首に刺さろうとしている。

(絶対かわせん……!)

ボロトがそう思った瞬間、イサは横薙ぎをしながら反射的に顔を横にかしげた。師範の剣先がイサの首の横側をかすった。次の瞬間、横薙ぎが決まり、イサの剣は師範の腹を大きく斬り裂いた。口から血を吹いて絶命する師範。

「はあ……はあ……」

イサは血が流れている首の傷を手で押さえながら自分の心臓がバクバクしているのを感じていた。

(私、生きてる……? 死んでないよね)

ボロトは冷や汗をかきながら師範の傍らに歩み寄り、しゃがみこんだ。

「お前、すげえな……」

ボロトはじっと師範の遺体を眺めている。

「……すごいのは師範のほうですよ」

イサはまだ心臓のドキドキが止まらない。

「……ああ、そうだな。刹那遅ければ頸動脈やられてたもんな」

立ち会いを見ていた門下生たちはイサとボロトが何を話しているのかわからない。彼らには2人が動いたと思ったら師範が斬られていたとしか見えなかった。師範の一撃は完全にイサの思惑を読み取り、完璧な瞬間に、正確に首を狙い、恐ろしい速度で繰り出されたものであった。イサは動物的な勘と反射神経でかろうじて避けただけであり、剣の技術としては完全に負けと言っても良かった。

「ま、勝ちは勝ちさ。免許皆伝だよお前は」

ボロトはそう言うと師範の遺体を片付け始めた。

幕間・キャラクター紹介

ボロト

27歳。男。ネフヘスの町の剣術道場師範代。町長の三男。14歳で入門した。ジアスの最初の弟子。新人のうちは師範はちょくせつ面倒は見ず、ボロトに任せられる。門下生を育てるのが上手く、多くの門下生から慕われており、理想的な師範代である。反面、お坊ちゃん育ちのせいか常識知らずなところがあり、ときどき珍妙な行動を取っては門下生たちに笑われている。

ジアス

ネフヘスの町の剣術道場師範にしてジアス流剣術開祖。出身はドラグランカ大陸のどこか。父は傭兵であり母はいない。幼少のころから父に剣術を習い、一緒に戦場に赴くこともあった。11歳のとき戦場にて父が死亡。父を守れなかったのは自分の弱さのせいだと思い、非常に高名な剣士に弟子入り。21歳で師の元を離れ、ディルメース大陸に渡る。その後、22歳でネフヘスの町で剣術道場を開く。「剣術を習うことは死ぬことと同義」という信念を持ち死と隣り合わせの厳しい鍛錬を行うことで知られる。イサとの立ち会いに敗れ死亡。享年35歳。

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コメント

  1. フェアリー より:

    設定もしっかりしてて内容も面白い
    毎日読ませてもらってますよ♪
    次回も読ませてもらいます!
    期待してます♪