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第2章 修練
村を後にしてから2時間、イサはようやく町まで30分ほどのところまで差し掛かった。
早く町へ行き、手がかりをと思ったその時、
「おい」
と後ろから声をかけられた。イサが振り向くとそこには3人の野盗が立っていた。イサは運命を呪った。なぜよりにもよってこんなときに野盗に会うのか。イサが野盗に会うのは村に襲来した者を除けば初めてであった。
「お前、男の癖に髪なんか伸ばして変なやつだな。……まあいいや。大人しく金出しな、可愛い坊っちゃん」
野盗の1人は剣を抜きながら優しい口調で言った。イサも剣を抜こうとするが錆び付いているので上手く抜けない。
「おっ、やる気なのかお前」
剣を抜いた野盗がからかうように言った。
「おいおい怖いことするなよ」
「仲良くしようぜ」
後ろの2人は嘲るように笑って腰に携えた剣に手もかけもしない。
「仕方ねえなぁ。あんまり殺生はしたくねえんだけどなぁ」
3人は大爆笑した。イサは一生懸命に剣を抜こうとするがどんなに力を込めても抜けない。
「じゃあな、死ね」
野盗が上段に構えた剣を一気に振り下ろしたとき、イサの剣が勢い良く抜け、野盗の剣を弾いた。
「なんだ? その剣。錆まみれじゃねえか」
野盗はさすがにこれは変だと思い、剣を納めると、イサの髪を掴んだ。イサは剣で野盗の首を突こうとしたが剣先を捕まれ、奪われてしまった。野盗はイサの剣をその辺に放り投げるとイサの顔をぐいっと近づけて顔をまじまじと見ている。そして、首のところをくんくんと臭った瞬間、
「お前女だな!」
と見破った。
「何! 女!?」
「女だと!?」
後ろの2人の目の色が変わる。
「女だ、押さえろ!」
髪を掴んだ野盗はそのままイサを押し倒した。悲鳴を上げながら暴れるイサ。そんなイサを押さえながら
「鎧を脱がせ!」
そう言うと残りの2人がイサの鎧を無理やり脱がせた。
「なかなか良い体してるじゃねえか」
1人がそう言うと、
「じゃあ俺からな」
「お前は押さえてるから無理だろ。俺がやるよ」
「待て俺が先だ」
と3人で揉め始めた。イサはその間も必死に悲鳴を上げながら暴れている。そのうち3人は喧嘩腰になり、あわや剣を抜きそうになったが、
「まあ待て。とりあえず脱がしてみようや」
とイサを押さえている野盗が言った。
「そうだな。そうしよう」
「じゃあ脱がすぞ」
野盗の1人がイサのズボンに手をかけ、イサがひときわ大きな悲鳴を上げた瞬間、傍らに立っていた野盗の一人の首が飛び、血しぶきが上がった。
「その女の前に俺とやろうや」
野盗を斬った男は不敵に笑いながら言った。野盗が2人同時に男に斬りかかると男は1人の剣を受け止め、同時にもう1人の剣の柄を蹴り飛ばす。そして、受け止めた剣を弾き飛ばすとその野盗の首を跳ねた。吹き上がる血しぶきの前に恐れをなした最後の1人は逃げようと背を向ける。男は剣を逆手に持ち野盗めがけて投げた。剣は野盗の背中に深く突き刺さり野盗は絶命した。
「ふん、朝っぱらからこんな町に近いところに来るからだバカどもが」
その男はすたすたと歩いて剣の刺さった野盗に近づくと、剣の柄を持って野盗の死体から引き抜く。そして剣を一振りして血を払うと静かに鞘に納めた。イサは座りこんで泣きじゃくっている。男はイサに近づくとしゃがみこんでイサの顔をのぞき込んだ。
「お? お前さん昨日の野菜の嬢ちゃんじゃねえか」
その男は昨日野菜を買ってくれた剣術師範だった。イサは師範の顔を見るなり抱きついた。そして大声を張り上げて泣き始めた。
「こいつらに手篭めにされたか?」
イサは泣きながら首を横に振る。
「……今日も野菜かい?」
イサは泣きながらまた首を横にふる。師範はイサを落ち着けてから、
「家はどこだい? 送って行ってやるから」
と言うが、イサは嗚咽を漏らしながら首を横に振るだけで話にならない。
「しょうがねえなぁ」
師範は髪を掻きむしるとイサをひょいと抱え上げ、肩に担いで町へ向かった。
――道場は石造りの立派な建物で、鍛錬場と師範の自室の2部屋があった。鍛錬場は広く、壁際には練習用の人形や木剣や真剣が置いてあり、男臭いにおいが漂ういかにも剣術の訓練の場所といった感じであった。イサは石造りの床に座って門下生が用意してくれた温かいお茶を飲んでいた。お茶を口にしてようやく泣き止んだもののその表情は晴れない。そこに師範が入ってくる。
「ようやく落ち着いたか嬢ちゃん」
「はい……すみませんでした。ご迷惑かけて」
師範はため息をつくと、鍛錬場の床にドカッと胡座をかいて座り、
「なんで家に帰りたくないんだ?」
と尋ねた。イサは師範に今までの事情を説明した。母親が死んだこと。父親が帝国兵に連れ去られたこと。そして、父を探したいということ。
「ふぅん、なるほどねぇ」
師範はタバコに火を点け、ぷかーと煙を吐き出した。
「……帰れ」
「え?」
「帰れ、家に」
「で、でも父を……」
「野盗3匹に手篭めにされるようなやつに帝国全土を歩きまわるのは無理だ。……わかったら帰れ」
イサは一瞬俯いた後、師範の目をキッと見据えて叫んだ。
「あの……どうか私を入門させて下さい!」
「なに?」
「強くなりたいんです! 父を探せるぐらいに!」
「残念だったな嬢ちゃん。うちは女は取らねえよ」
師範はあさっての方を向いて煙を吐き出している。
「お願いします。何でもしますから!」
イサは床に頭を擦り付けて懇願した。
「何でも?」
師範は薄ら笑いを浮かべている。
「じゃあ、俺に手篭めにされてもいいってことだよなぁ嬢ちゃん」
「ひっ……!」
イサは怯えて後ずさった。
「ほらな。こんな一言でビビるから女に剣術は無理なんだよ」
イサは落胆した。やはり自分には無理なのかと。しかし、
(お願い……父さんを……探し…………て……)
その母の言葉を思い出したイサは再び師範をキッと見据えて叫んだ。
「どうぞ、手篭めにして下さい!」
人形相手に訓練をしていた門下生たちは手を止めてイサのほうを見た。鍛錬場が静まり返り、師範はイサの顔をじーっと見ている。イサも師範の目をしっかり見据えているが体は震えていた。
「おい、そいつを押さえろ」
師範がタバコを消し、スッと立ち上がる。イサの心臓は張り裂けそうだった。内心は恐ろしくて恐ろしくてたまらなかった。門下生2人がイサを押さえつける。イサは思わず両目をギュッと瞑り顔をそむけた。すると師範はイサに馬乗りになり腰に携えていた短剣でイサの長い髪をバッサリと切ってしまった。
「ボロト、今日からこいつをお前に任せる。逃げ出したら殺して構わん」
そう言うと師範はスタスタと自室へ帰ってしまった。ボロトと呼ばれた門下生は、
「おい、行くぞ。今から鍛錬だ」
そう言って呆然とするイサを起こす。
「付いて来い」
イサはボロトの後ろ姿を見ながら付いて行く。痩せ型だが師範よりも長身で、髪は1本残らず剃ってある。腰には大振りの剣を携えていた。ボロトは道場の裏口から庭に出るとスコップを持って手招きをする。
「ここだ」
ボロトは庭にある木の根元を指さした。イサは何のことかわからず、首をかしげる。
「ここに穴を掘れ」
「穴? 穴ですか?」
「そうだ。穴だ。これでな」
ボロトはイサにスコップを渡すと道場の中に入っていった。イサはなんで穴を掘るのかわからず、首をかしげていたが、とりあえず言われたとおりにすることにした。季節は夏である。太陽が高く上り、刺すような日差しがイサに突き刺さる。10分も掘ったところでイサの息は切れ、額に汗が滲んできた。
「はあ……はあ……」
畑仕事で鍛えられてるとは言えさすがに女の腕では重労働であった。
(穴を掘り終わったら剣術の稽古なんだな)
イサは早く稽古がしたい一心で穴を掘った。ある程度掘り終わったころ、
(よし、これくらい大きな穴ならいいよね)
そう思い、イサはボロトを呼びに行った。
「なに? 掘れた?」
イサから聞いたボロトは庭に出て穴を見てみた。
「こんなもん穴と言えるか。これの10倍の穴を掘れ」
そう言うと道場の中へ入ってしまった。
(じゅ……10倍……)
イサは目まいがしてきたが、強くなりたい一心で穴掘りを続けた。数時間、一心不乱に穴を掘り続けていると、
「おい、イサ! イサ!」
自分を呼ぶ声が聞こえた。
「はあ……は、はあ……はい」
イサはフラフラになりながら何とか返事をした。
「昼飯だ。食え。食ったらまたすぐ掘れよ」
ボロトはパンとミルクを穴のそばに置くと道場に入っていった。イサは朝からずっと穴を掘り続けていたため酷い空腹で喉も乾いていた。イサはミルクを一気に飲み干すと凄い勢いでパンにかぶりつきあっという間に食べ終わってしまった。そして深くため息をつくと、また穴掘りを再開した。――夕日が沈み辺りが暗くなってきたころ、やっとイサはボロトが言った大きさの穴を掘り終えた。
(やった! これでいい)
イサは意気揚々とボロトを呼びに行った。
「ふむ、まあこれくらいならいいだろう。……とりあえずもう飯時だから、晩飯だ」
夕食は鍛錬場でみんなで食べるのだった。イサはものすごい勢いで食べて他の門下生を唖然とさせた。食べ終わった後、ボロトは再びイサを穴のところへ連れて行く。
「埋めろ」
「えっ……」
「穴を埋めろと言ってるんだ」
「だってボロトさんが掘れって言ったんじゃないですか」
「嫌なら破門だな。うちの道場では破門とは死ぬことだ」
そう言うとボロトは腰に携えた剣に手をかけた。イサは慌てて言われたとおり穴を埋め始めた。
(なんで剣術で穴掘りなの……?)
イサは泣きそうになりながら穴埋めを続けた。半分ぐらい埋まったころ、
「おい、今日はもう終わりだ。寝るぞ」
そう言うとボロトはイサを道場の中に連れて行った。寝るときは鍛錬場にベッドロールを敷いてみんなで寝るのだ。
「あ、あの、ボロトさん。私もここで寝るんですか?」
「当たり前だろ。他にどこがあるんだよ」
ボロトはそう言うとグーグー寝てしまった。他の門下生たちも寝静まっている。イサは鍛錬場の端のほうにベッドロールを敷き、床に就いた。一日中穴を掘って疲れたせいかすぐに寝てしまった。
――
「イサちゃん……イサちゃん……」
夢うつつの状態で何者かの声がする。寝ぼけているのかなと思ってまた寝ようとすると、
「イサちゃん……」
とやっぱり呼ぶ声がする。イサが目を覚ますと門下生の一人がイサに覆いかぶさっていた。
「イサちゃん、疲れただろ? 俺が癒してやるから」
そう言って門下生はさわさわとイサの体を触り始めた。イサは思わず悲鳴をあげそうになったがその瞬間、
(こんな一言でビビるから女に剣術は無理なんだよ)
その師範の言葉を思い出した。イサはその門下生をキッと睨むと思っきり股間を蹴りあげる。門下生は悲鳴を上げて悶絶し、のたうち回って苦しんだ。他の門下生も何の騒ぎかと起き出してきて、みんなじっとイサを見つめている。イサは叫んだ。
「私に指一本でも触れたら、きんたまをかち割ってやる!」
それ以後、イサに手を出す者は現れなかった。
――道場に入門して15日目、イサはまだ穴掘りを続けていた。掘って埋めて掘って埋めてを繰り返しているのだ。その日、入門してきた新人が穴を掘ってるイサを見てボロトに尋ねた。
「あれは一体何をしているんですか?」
ボロトは答える。
「入門して最初にやる一番簡単な鍛錬だよ」
「なるほど基礎体力を鍛えるんですね」
「違うよ」
「えっ」
「……あれはな、精神を鍛えてるんだよ。穴を掘って埋めてというのは一見体がきつそうに思えるが、体のきつさはすぐに慣れる。だが精神のきつさはそうはいかない。意味の無い重労働を延々と繰り返すのは人間の精神にとっては非常にきついことなのさ。そのきつさに耐える鍛錬だ」
「……もし耐えれなかったらどうなるんですか?」
「気が狂って死ぬ」
「い、今までに死んだ人はいるんですか?」
「入門してきたやつにはみんなやらせるんだが、10人中7人は死ぬな」
新人はその日のうちに逃げ出してしまった。イサは気が狂いそうになるたびに母の遺言を思い出し歯を食いしばって穴掘りを続けた。死と隣り合わせの穴掘りを――。
――1年後。
ある日、道場に1人の男が訪ねてきた。シャリと名乗る大柄な男である。
「ここの師範に会いたい」
ボロトが応対する。
「どういったご用件で?」
「この道場を潰しに来た」
「道場破りということですかな?」
「そうだ!」
「少々お待ちを」
ボロトはやれやれと言った感じで、道場の中に戻っていく。
「おい、イサ。ちょっと来い。イサ!」
と大声でイサを呼んだ。鍛錬場の中を箒で掃いていたイサはボロトに呼ばれてしぶしぶ、
「なんですか? いま掃除の途中で忙しいんですけど」
といらいらして答える。
「入り口に道場破りが来てる」
「えー、また私がやるんですかぁ?」
「お前は道場破りの係だろ」
「そんな係になった覚えないんですけど」
「いいからやれ」
「はーい」
イサは右手に箒を持ったまま道場の入り口へ向かった。丸腰である。
「あ、すみません。お待たせしました。私がお相手を」
「なんだ、女ではないか! 話にならん! 師範を出……」
そう言った瞬間、イサは右手に箒を持ったままシャリの懐に飛び込み、シャリの腰に携えられた剣を左手で抜き、一瞬で心臓を突き刺した。大量の血を吐いて倒れるシャリ。
(なんで私が掃除当番の日に限って道場破りが来るんだろう)
イサは泣く泣く血みどろの入り口を掃除し始めた。
――また別の日の夕刻。
「おい、イサ。ちょっと来い。イサ!」
台所で食事の用意をしていたイサを師範が呼ぶ。イサは包丁を片手に持ったまま鍛錬場へ向かった。
「なんですか? いま料理の途中で忙しいんですけど」
「座れ」
イサと師範は鍛錬場の片隅に座った。
「お前の基礎鍛錬は終わった。これから実戦鍛錬に入る」
「実戦鍛錬って……もう、道場破りを嫌というほど倒しましたけど」
イサは鼻で笑いながら言った。
「道場破りなんぞ修行中のやつがやるこった。本当に強いやつなら酒場で依頼を受けたほうが儲かるからな。しかも所詮サシだろ。道場破りなんてのは」
師範はタバコに火を点けた。
「酒場に行って、依頼を3つこなして来い。それで目録をやる」
「たった3つでいいんですか?」
「3つとは言え依頼者に会うまで実際にどんな依頼かはわからねえんだよ。例えば”野盗退治”という依頼を受けてみたら50人の大野党団だったなんてこともあり得るだろが。そして、一旦受けた依頼をキャンセルしたら違約金を取られんだ。お前に金はねえだろ」
「つまり、一旦受けたらやるしか無いということですか」
「そうだ。依頼を3つ受けて、任務完了証明書を3枚持ってこい。ズルして簡単な仕事ばかりしたら目録はやらんぞ」
「そんなことしませんよ。じゃあ、今から行ってきますね」
イサは壁際に立てかけてあった剣を一本取ると腰に携えて鍛錬場を出て行く。――寸前、
「あ、包丁」
そう言って、師範に包丁を投げつけた。回転しながら飛んで行く包丁。師範はタバコを吸いながら二本指で包丁を白刃取りした。
「行ってきまーす」
イサは意気揚々と酒場に向かった。